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2024年2月28日、元・自衛隊の航空幕僚長である田母神俊雄氏がツイッター(現X)でこう発言し炎上した。「岐阜県岐南町の町長のセクハラ疑惑とか言ってテレビが騒いでいる。なんともまあうるさい世の中になったものだ。日本に昔からあった寛容性が失われている。多くの人にとって気を遣いながら生きる息苦しい時代になった」
「いいね」が2000足らずのこの投稿に対し、主に批判のコメントが700以上、著名人による引用も多数ついた。例えば、音楽プロデューサーの松尾潔氏は「昨年末に五ノ井里奈さん性被害事件で陸自元隊員3人に有罪判決が出たばかり。で、いま公人のセクハラ疑惑に関して元空幕長がこんなこと言うとは」と投稿。
ほぼ同時期の3月4日、アメリカ政府は五ノ井さんを招聘(しょうへい)し、「世界の勇気ある女性賞」を授与している。日本国内では元・航空自衛隊のトップがセクハラ擁護発言をしているのだから、感覚のズレがはなはだしいという他ない。これでは「やはりそういう組織なのか」と思われてもしかたないだろう。
また、「news zero」(日本テレビ系)にレギュラー出演するクリエイティブディレクターの辻愛沙子氏は「性加害者が指摘されたり罰せられることが『うるさい』ことだと感じるのなら、それはあなたにとって都合の悪いことだからでは。他責の前に内省しましょう」と指摘した。田母神氏は「不寛容」な世間に肩を落として見せているが、これは権力側が被害者ぶるという、ハラッサー(ハラスメントを行う人)の典型的なしぐさだ。そのほかにも彼のSNSのコメント欄には鋭い意見が並んだ。
■74歳の元町長による99件のセクハラ認定、という衝撃
さて、そもそもの「頭ポンポン」事件を振り返ってみよう。事の起こりは2023年5月、岐阜県岐南町の小島英雄元町長(74)によるセクハラの疑いが、週刊誌報道によって全国に知られた。
その後、第三者委員会が設置され、調査が行われる。そして2024年2月に結果が報告され、驚きの事実が発覚する。町長は「少なくとも99件のセクハラ行為」を働いていた。多くの女性職員に対し、頭、手、おしりなどをさわる、呼び出す、抱きついたりするなど、当時の法律で強制わいせつ罪にあたる可能性があると判明した行為もあった。
なお、「当時の法律で」というのは、2023年7月に刑法が改正されたためである。「強制わいせつ罪」と「準強制わいせつ罪」が統合され、現在では「不同意わいせつ罪」(刑法176条)となっている。性犯罪をより重く見るようになった法改正である。
注目すべき点は、被害者が女性のみにとどまらないことだ。「セクハラ99件」というセンセーショナルなワードが強調されて話題になったが、それだけではない。小島町長は、普段から多くの職員に対して「懲戒」「クビ」といった言葉によるパワハラ、また「差し押さえ情報の漏洩」といった違法行為も行っていたと第三者委員会は報告している。
■4票差で町長に当選した翌月からパワハラ・セクハラの訴えが
さて、元町長は具体的にはどのような行為を行っていたのだろう。小島氏が町長に就任したのは2020年10月だ。岐南町は人口約2万6000人。小島氏の得票数は2969票、次点の候補者とは「たった4票」の僅差で選出された。
そして町長になった翌11月、すでに組織内から被害を訴える声が出始める。当初、副町長らは町の顧問弁護士に相談し、問題行為をやめるよう進言するが、おさまるどころか彼は「誰がいったんや」と逆ギレ、犯人探しをほのめかす。
その後も元町長は職員に対し、数年にわたり以下のような行為を働く。トップによるパワハラ・セクハラの横行する職場が働きやすいわけがなく、当然、退職者も複数名出る事態となった。これら行為はあくまでも抜粋であり、詳細は調査報告書で知ることができる。
■調査報告書に記された99ケースものセクハラの中身
女性職員へのセクハラ行為・頭をポンポンとなでる
・おしりをさわる
・ネイルにさわる
・「手相を見てやろう」といって手をさわる
・自身の手を見せて「すべすべだろう」とさわらせる
・ズボンをまくり上げ、自身の脛にさわるように指示する
・背後から近づいてポニーテールにさわる
・手をつなぎ、肩を抱き寄せる
・人目につかない場所に呼び出し、ふとももをさわる
・後ろから抱きつく
・個人スマホにLINEを送り、応じないと業務中に町長室に呼び出す
・相手の胸を見ようとする目的で、しゃがませる
この調査報告書、岐阜県内の3名の弁護士の手によるもので、91ページにもおよぶ大作である。具体的な行為を挙げるだけでなく、特に悪質だった件については誰に(被害者AさんからHさんまでが登場する)どのような状況で行われたのか、またそれがどんなハラスメント――セクハラ、パワハラ、マタハラ、パタハラなど――にあたるのかが明快に解説されている。
非常によくできた資料なので、「自社のハラスメント対策に自信がない」という人事や総務の方、「もしや自分も気づかないうちにハラスメントを?」と不安になった方は、ぜひ、ざっと目を通していただきたいとも思う。まさに生きた教材である。
■45cm以内のパーソナルスペースに入ればセクハラになる
まず、さきほど挙げた「身体的接触」は現代においてはすべてNGだ。とっさに落下を防ぐ、転ぶのを阻止するといった安全上の理由でもない限り、仕事をともにする相手の身体にはふれないのがあたりまえである。
もし、「髪やネイルにさわるくらいで、セクハラになるの?」とお考えになる方がいれば、それはあなたの立場をあやうくする誤解なので、ぜひ認識をアップデートしていただきたい。それは親密な関係性でしか許されず、また職場にはふさわしくない行動だ。
「パーソナルスペース」という文化人類学ではすでに古典的となった考え方がある。人と人との間が0〜45cmの範囲を、家族や恋人といった間柄にのみ許される「密接距離」とする。いいかえるなら、満員電車でもない限り、相手から45cmのスペースに入ると心理的に警戒されるということだ。もちろん、軽い接触と思われがちな「頭ポンポン」も、同意がなければセクハラに含まれる。
仕事の関係上では、「社会距離」とされる1.2〜3.5mのスペースがふさわしい。もちろん、この密接距離や社会距離は、文化や文脈によっても変わるし、文献によっても多少異なる。出会った冒頭にハグをするような例外もある。しかし仕事相手との「安全な距離感」の目安として、覚えておいて損はないだろう。
■「彼氏はできた?」「更年期?」容姿・交際・出産などへの言及はNG
また、小島元町長は、言葉によるハラスメントも非常に多かったようだ。
女性職員へのセクハラ発言・「彼氏はできたのか」
・「子どもをつくったほうがいい」
・「生理は終わったのか」
・(後ろ姿を評価して)「安産型やな」
・「ズボンをパンツと呼ぶなら、その中は何と呼ぶのか」と尋ね、「パンツ(下着の意味)」という言葉を執拗(しつよう)にいわせようとする
パワハラ発言・気にいらないと、「懲戒」「クビ」「降格」と激高
・業務外の慰労会を断った職員に「トップのいうことが聞けんのか」と激怒
・コロナ禍での食事会を諫めた部下に「お前にいわれる筋合いはない」
・車中で抱きつき「お前なんかいつでも辞めさせられる」(セクハラでもある)
・有休明けの職員を町長室に呼び出し「休みすぎだ」
・育休をとろうとした男性職員に「ボーナスは安くなる。出世から外れる」と発言
■辞任会見で見せた涙。反省ではなく「兄貴に電話で怒られたから……」
元町長への調査が始まった直後の2023年7月には、役所の中に怪文書が出回った。そこには「文春は民間の雑誌業者で公的機関ではありません」「情報を外部(文春)にリークした職員はハニートラップの疑いがあります」「(密告は)地方公務員法第34条の守秘義務違反になります」「(密告者には)警察の事情聴取が待っています」といった言葉がならぶ。
これらのフレーズのみならず、書式やフォントも元町長特有のものだったらしい。わざとなのか詰めが甘いのかわからないが、自分が脅せば調査を止められると考えたのだろう。基本的に、セクハラ、パワハラのどちらもだが「権力をふりかざす」ことが特徴である。部下を「自分より下」、なんなら「自分の所有物」のように勘違いしているのだ。
元町長は2月28日の辞任会見で泣いていたが、その理由は「兄貴から電話がかかってきて怒られた」から。反省や悔恨からの涙ではない。自分より偉い肉親=お兄ちゃんから叱られたのが悲しかったのだ。すべてを上下関係でとらえる価値観に根ざすという点で、パワハラ、セクハラは、現代に生き残る家父長制のゾンビのようなものである。
■職務を超えた要求をすれば、パワハラになる可能性が
厚生労働省は「職場におけるハラスメントの防止のために」というパンフレットの中でパワハラをこう定義する。①優越的な関係を背景とした言動であって②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより③労働者の就業環境が害されるもの。つまり、上下関係を前提として、職務の範囲を超えたことを行い、働く人が嫌な思いをする。それがパワハラなのだ。最後に元町長のパワハラ事例を見てみよう。
パワハラ行為・始業時間よりも早く出勤させる。また、時間外手当をつけない
・職員の提出してきた文書を、放りなげる
・選挙の際に自らを支持していたかどうかで、接し方や人事配置での配慮を変える
・ランチの追加メンバーとして、若い女性職員だけを頻繁に誘う
・自分のお気に入りの女性職員と話している男性職員がいたら、叱る
・気に入らない年度任用職員の更新を拒絶し、辞めさせる
これらはすべて現代ではハラスメントにあたる行為だ。きっとこの記事を読んでくださっているのは、そもそもの意識が高い方だと思うのだが、万が一、思いあたるふしがあれば、さっと改めていただきたい。
人は知ることで、変わることができる。また、あなたが変わることで、周囲の人――若手社員、友人、妻、子どもなど――のあなたへの接し方も少しずつ変わっていくはずだ。
職場においても、「始業時間よりも早く出勤させる」などは、レガシーな大手企業ではいまもままあることだとも聞く。少子化が止まらない現代日本において、若い働き手をつなぎとめるには、こういった細かな慣行を是正していくことも重要だろう。
■バックラッシュも起こっているが、価値観の変化は止まらない
さて、冒頭の、田母神氏の発言に戻ろう。現代を「息苦しい時代」と呼び、ハラスメントが容認されていた過去を「寛容」と言い換えて炎上する。彼にとってはこれも芸のうちなのだろう。批判のコメントも取るに足らぬ雑音であるに違いない。訂正や言い訳をするでもなく、その後も平常運転だった。
むしろ、このように「あえて旧時代的な人権感覚にお墨付きを与える発言」をタイミングよく行うことこそが、自身の支持者を喜ばせることを、おそらく彼は自覚してふるまっているのだろう。
ただし、だからといってこういった確信犯的なハラスメント発言をその都度、批判していくことをやめてはいけない。令和は「多様性」や「ポリコレ」の重要性が可視化され、大きく価値観が変わりつつある時代である。
それに対して、「やっと少し生きやすくなった」と安堵(あんど)の声を漏らす人もいれば、「昔より窮屈になった」と不満を感じる人もいる。子ども、LGBTQ、障害者、女性といった、これまで軽視されてきた者の人権が取り戻されることを、「自分たちの既得権が食われる」ように感じる層がいるのも事実だ。その不満につけ込んで、バックラッシュ(揺り戻し)の旗を振る人間は一定数いるが、それにまどわされてはいけない。
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藤井 セイラ(ふじい・せいら)
ライター・コラムニスト
東京大学文学部卒業、出版大手を経てフリーに。企業広報やブランディングを行うかたわら、執筆活動を行う。芸能記事の執筆は今回が初めて。集英社のWEB「よみタイ」でDV避難エッセイ『逃げる技術!』を連載中。保有資格に、保育士、学芸員、日本語教師、幼保英検1級、小学校英語指導資格、ファイナンシャルプランナーなど。趣味は絵本の読み聞かせ、ヨガ。
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(ライター・コラムニスト 藤井 セイラ)
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引用元:https://news.nifty.com//article/magazine/12179-2891699/