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「今の自分は幸せだ」と言える人はどれだけいるだろうか。日本人は裕福なわりに幸福度が高くなく、主要7カ国(G7)では最下位。SNSで他人の幸せが切り取られる現代社会で、自分に「幸せ」の判を押すのは簡単ではない。人並外れた富と名声を得ても、その分幸せになるとは限らない。人気による天国と地獄を味わったYouTuberのてんちむさんは、それを証明する人だ。
大炎上して総バッシングを受けるも、わずか半年でYouTubeの登録者数を20万人増やし、3億円を稼ぐ。その後も約170万人まで登録者数を伸ばしたが、突如「無期限活動休止」を発表し、2023年9月をもって表舞台から降りた。
約1年かけて本人と周囲の人々に取材を重ね、炎上から活動休止までを追った『推される力 推された人間の幸福度』(星天出版)というノンフィクション本が、2023年11月に出版された。発売翌週には紀伊國屋書店新宿本店でランキング4位になっている。
一体、幸せとは何なのか。ドン底に落ちるたびに影響力を増し、人とお金を引きつけてきたてんちむさんに、大炎上から這い上がった壮絶な舞台裏と、そこから生まれた幸福観を聞いた(取材は2023年9月に実施)。
◆16歳で都心のタワマンを購入
約20年間も表舞台で活動してきたてんちむさんの人生は、29歳にして3人分くらいの密度があった。
10歳で『天才てれびくんMAX』に出演し、“てんかりん”として全国区の人気を得るが、中学生で荒れた生活を送り、ギャルの“てんちむ”に転身。カリスマブロガーになり月100万円を稼ぎ、16歳にして都心のタワーマンションを買った。
21歳、ギャルからの卒業と同時に燃え尽きてニート期間を過ごすも、23歳でトップYouTuberにのし上がる。26歳で大炎上し、半年で約5億円もの自腹返金を行ったのち、29歳で無期限活動休止を選択した。
◆炎上して5億円を背負った今思うこと
5億円の返金を負うことになった炎上当時、てんちむさんは何を思っていたのか。
「世間からの認識は『詐欺師』。炎上は自業自得だから、引退して全身整形して別人として生きるか、プライベートを全部捨てて仕事に魂を売るかの2択で悩んでましたね。
全身整形しても『てんちむだ』ってバレるかもしれないし、てんちむを辞めてだれかと結婚しても、旦那や子供が『詐欺師の家族』って言われてかわいそう。何しても茨の道だから受け入れるしかない、どうせこの先ずっと幸せじゃないってあきらめてました」(てんちむさん、以下同)
事実、てんちむさんは当時親しかった男性と距離を置いている。
「甘えたらそのままダメになりそうで、そんな自分が惨めになりそうで、親しい人も突き放すようになりました。あの時、彼氏も子供もいなくてよかったと心底思ったんです。大切な存在がいたら、迷惑をかけて失ったり手放したりしなきゃいけないのが苦しい。だれも私のことを知らない外国に行きたい、こんな世界で生きるのやだなって思ってました」
◆引退は逃げ。誠意を見せるための自腹返金
炎上の原因は、プロデュースしていたバストアップ下着だ。当時のてんちむさんは「手術なしでAカップからDカップになった」と公言していたが、知人に脂肪移植による豊胸手術を暴露され、「視聴者をだましてコンプレックス商材で大儲けした詐欺師」と批判が殺到した。
てんちむさんが絶望しながらも選択したのは「自腹での全額返金」。バストアップ下着の返品希望者に商品代金を返金すると決めた。
「謝罪動画には『引退しろ』ってコメントもたくさんあったんですけど、引退しても逃げたことにしかならないじゃないですか。自分で返金しなかったら、この話が出るたびに“逃げた自分”が嫌いになるから、自分のためにも返金したかったんですよね。
ファンに償いたいって思いもありました。“てんちむ”がいるのはファンのみんなのおかげだから、逃げずに罪を償いたいけど償い方がわからない。だったらせめて、自分の誠意を見せるために自腹で返金しようって決めました」
◆プライベートを全部捨てて仕事に魂を売る
謝罪動画で自腹返金を発表するなり、希望者からの問い合わせが殺到した。2億2000万円もの貯金をすべてメーカーに支払ったが、返金対応するメーカーへの手数料と賠償金が上乗せされ、支払額は5億円まで膨らんだ。
5億円を支払うには働くしかない。当然「引退」の選択肢は消え、「プライベートを全部捨てて仕事に魂を売る」しかなくなった。
「今までは応援してくれるファンが多かったから誹謗中傷に傷つくこともあったけど、ここまで叩かれると『どうせ嫌われてるんだから』って吹っ切れるしかなかった。返金するって決めた以上、バッシングを受け入れながら突き進むしかないと覚悟を決めました」
◆1日2時間睡眠の過酷な生活を動画に
5億円の自腹返金を決めたてんちむさんは、返金のためタワマンからアパートへ引っ越し、ブランド品を売り払う様子を動画にして、“転落した自分”をさらけ出した。もちろん、すべて実際に行ったことだ。
「炎上で転落するのってだいぶかっこ悪いですけど、あそこまでバッシングされたら普通の企画を動画にしても評価されず、オワコン化するだけ。返金額を稼ぐには注目されないといけないから、YouTubeで稼いでいた私が転落するメシウマなコンテンツを動画にして、私を嫌いな人や興味がない人からも面白がられようと思いました。『どうぞ私を見て笑ってください』って気持ちでしたね」
さらに、平日夜はクラブのホステス、土日夜はバーレスクのダンサーとして働き、YouTuberと兼業するトリプルワークをスタート。ひたすらに返金額を稼ぐ、1日2時間睡眠の過酷な生活を丸ごと動画にした。
◆さらけ出し、道化になって生き延びた
YouTube活動を続けると決めた時、「プライドは捨てる」と自分に約束したと言う。
「返金額が大きすぎて、プライドがどうとか言える状態じゃなかった。誰に何を言われようが誠意を見せて絶対返金しようと思って、私生活まで全部YouTubeに売ったんです。
仕事第一で生きてきた私にとって、てんちむの死は自分の死。2億2000万円の貯金やプライドよりファンや信頼を優先して、道化になってでもてんちむを生かそうと思いました」
こうした死に物狂いの返金生活が視聴者に評価され、炎上からわずか3か月後には高評価が9割になり、炎上前は138万人だったチャンネル登録者数が150万人を超えた。たった数か月で世間に手のひら返しをさせ、ファンを増やしたのである。
◆向上心は毒にも薬にもなる
てんちむさんは2021年春に返金を終えてからも活動を続けたが、2023年秋に無期限活動休止を決めた。炎上から活動休止に至るまでの過程を綴った著書には、満たされない心の葛藤がたびたび出てくる。
「私自身が『つらかった』って言っちゃうと、これまで応援してくれたファンへの裏切りになってしまう気がするんです。てんちむとして活動してきたからここまでこれたし、支えてくれた人たちには感謝しているし、楽しかったこともたくさんあるし、そういう過去を否定したくない。だから裏側の葛藤も明かしたこの本は、ライターの秋さんに書いてもらいました」
子役としても、ブロガーとしても、YouTuberとしても、自分の感情やプライベートを切り売りして成功してきた。その成功体験が「やればできる」という確信になり、呪縛にもなった。表舞台に立つ限り、自分を売ってでも上に行こうとする向上心から逃れられない。
「今はSNSで自分を売ったら売っただけ注目されて、人気もお金も手に入れられる時代だと思います。でも、その先に幸せってあるのかな。少なくとも私は、そんな自分の生き方を幸せだとは思えなかった」
◆“てんちむじゃない自分”を大切にする
「がむしゃらに上を見て走って来たけど、がんばった先でどうなりたいのか、ちゃんと考えるのが大事だと思うんですよね。これからの人生を充実させるためにも、一度休んで“てんちむじゃない自分”を大切にする時間を作りたい」
そう語るてんちむさんは、憑き物が落ちたような顔をしていた。
「これ以上、自分を知ってほしいみたいな承認欲求はもうないんです。『推される力 推された人間の幸福度』は、読んだ人が『自分が本当にしたいことは何だろう』『自分にとっての幸せは何だろう』って考えるきっかけになったらうれしいです」
わかりやすい情報が目立つSNS社会において、0か100かの白黒思考で突き進んでしまう人や、理想や向上心に自己肯定感を圧迫されている人には一助になるかもしれない。
<TEXT/秋カヲリ>
【てんちむ】
1993年11月19日生まれ。2004年に橋本甜歌としてNHK『天才てれびくんMAX』にレギュラー出演。その後、ブロガー、タレント、ギャルモデルとして活躍し、ニート期間を経てチャンネル登録者168万人の人気ユーチューバーになるが、2023年9月をもって無期限活動休止。
【秋カヲリ】
元恋愛依存症の心理カウンセラー・文筆家。一児の母。YouTuberメディア「スター研究所」編集長。人間オタクで「なんでなんで」と質問責めして分析するのが趣味。性とジェンダーの話を好む
]...以下引用元参照
引用元:https://news.nifty.com//article/magazine/12193-2885605/