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実は、転覆の瞬間を捉えた映像が残されていた。そこから、「不幸な水難事故」とは片づけられない、様々な事実が判明した。20年間死亡事故がなかったみなかみの川で起こった悲劇は、本当に「事故」だったのか。(2月24日OA「サタデーステーション」)
埼玉県の本田啓祐さん(当時19)は、昨年5月5日、大学の友人らと6人で群馬県みなかみ町の利根川でラフティングに参加した。ちょうど1か月前、母親と収まる写真は、東京大学の入学式の時に撮られたものだ。
啓祐さんたち6人は、新歓行事でみなかみ町に来ていた。午後2時すぎ、家族連れら計17人は3艇に分かれて上流を出発した。みなかみでは春、雪解け水で利根川の水位が増す。さらにこの日は、数日前からダムの放流があったことから、地元の「アウトドア連合会」でラフティング禁止とした4メートルに迫る、3.76メートルの水位だった。
「世界有数の難度」ともされるみなかみのラフティング。そんなの中でも有数の「激流ポイント」が「諏訪峡(すわきょう)」という場所だ。頭上にはバンジージャンプができる橋があり、複雑に並ぶ岩などが、激しい流れを生み出す。春先は水面が真っ白になるほどの激流だ。
啓祐さんたちのボートは諏訪峡で流れを越えられず、転覆。5人は自力で岸にたどり着いたり、一緒にいた2艇に助けられたりして、無事だった。しかし、啓祐さんは行方不明になった。
■突然の電話 現場に走った両親
「本田啓祐さんのお父さんですか。息子さんが川に落ちて、行方が分からない」。
父親が群馬県警から電話を受けたのは、その日の午後6時半ごろだった。
「いてもたってもいられなかった」
車を飛ばし、妻と現場へ。着いた頃にはあたりは真っ暗だった。
「絶対にどこかの岸に流れ着いている」。
強く思っていた。
2人は真っ暗な中、川のそばまで行った。だが、転覆場所もわからない。
「啓祐!啓祐!」
2人は草をかき分けながら、闇の中を探し続けた。
すでに捜索活動は打ち切られていた。暗いうえに川の流れは激しく「危険」と考えられたからだ。「捜索もできないほどの激流に、啓祐はボートで突っ込んだのか」。父親は納得がいかなかった。
翌朝、捜索が再開され、午前6時45分ごろ、啓祐さんは転覆場所からおよそ300メートル下流の右岸付近で見つかった。水中にあった倒木に、体を「くの字」にして挟まったような状態だった。
両親が2日ぶりに息子と対面したのは、病院だった。
「顔も体もあざだらけ。冷たいんですよ。一生懸命さすって温めてあげようと……」
父親は言葉を詰まらせた。
両親は啓祐さんがラフティングに行くことを知らなかった。「知っていたら、止められたのに……」。母親は悔やむ。
■「青いボートが転覆する」 状況覆した証言
事故から間を置かずに、両親のもとに連絡があった。「事前に『転覆するよ』って言われたんです」。別のボートに夫婦で乗っていた男性からだった。「出発前と転覆直前、『青いボートが転覆する』って、自分のボートのスタッフに言われた」。
啓祐さんたちが乗っていたのは、青いボート。転覆は予期されていたものだったのか。「その時、自然に起きた事故っていう見方が大きく変わりました」。母親は話す。
このことは地元の上毛新聞が「転覆は意図的だったか」という趣旨で報じた。真相はなんなのか。私の同僚の記者が両親に連絡をとったが、警察の捜査も始まっていた。両親から丁重に「捜査の妨害はしたくないので、遠慮したい」と返答があった。
私が両親に連絡したのは、それから2カ月ほどたった時だった。自分にも子どもがいる。大学生活を楽しみにしていた息子が突然命を奪われたらどんなにつらいか。なぜそんなことが起こったのか。メディアとして報道できることはないか。両親に連絡した。
「申し訳ないですが、事故についてはお話しできません」。事故直後と同じ返答だった。しかし、「啓祐さんがどんなお子さんだったか、そのお話だけでも構いません」とお願いし、お会いすることができた。
自宅にある遺影で、啓祐さんはやわらかい笑顔を浮かべていた。事故前日に友人と撮影したものだという。この1日後に亡くなるなんて、誰が想像できるだろう。
私が次に、現場に向かった。みなかみには、「アウトドア連合会」というラフティングなどの業者をとりまとめる団体がある。理事長の石川満好さんに取材をお願いすると、こちらも丁寧に断られた。
みなかみでは事故後、客足が激減。事故の際、警察が業者名を発表せず、みなかみ全体が「危険な場所」とみられてしまっていた。「私はみなかみの業者全体を背負っている。彼らを守らなければならない」
■「瞬間撮影した映像がある」 映っていたものは……
遺族に当たれない。周辺取材も難しい。「真相を取材したい」という思いだけが先行して苦しい日が続いた。一方、確証はなかったが、本田さん夫妻には、警察が何らかの判断をすれば、取材に応じてもらえる可能性があった。ラフティング関係者や川の事故の専門家らに当たり、「その日」に備えた。
そんな中、「実は、事故の瞬間を撮影した映像がある」という情報を手にした。周辺情報から検証する報道ができるかもしれない。関係先を手当たり次第に当たった。
ついに、映像に行きついた。2分26秒。まさに「その時」を映していた。
川を見下ろすような画角。川は白いしぶきを上げていた。右側を黄色いボートが少し間をあけて下っていく。それから50秒、カメラは川を映したままだ。50秒後、川の真ん中あたりに青いボートが現れる。
激しい流れに押し戻され、横向きになったと思ったら、ボートがひっくり返る。見ていた自分から思わず「あっ」という声が出た。
まず思ったのは、先に行った2艇が右側のコースをとったのに、事故を起こした青いボートは真ん中の真っ白な流れに突っ込んでいたことだ。
専門家に映像を見てもらった。社団法人「ラフティング協会」の藤原尚雄・専務理事は「黄色いボートが通った右側は『セーフティールート』。真ん中は転覆する可能性がかなり高くなる」と教えてくれた。
次に入手したのは、転覆された業者がつくった「事故報告書」だ。A4用紙7枚。これを渡してくれた人は「私はこれは防げた事故だと思う。亡くなった大学生が気の毒で仕方がない」と声を落とした。
みなかみの川では、20年間、死亡事故がなかった。川は「自由利用」が原則で、法律などの縛りはきわめて緩い。私が「明日からラフティング始めます」といって料金をとって商売をしても、罪に問われることはない。同じく、「アウトドア連合会」が安全管理を縛るのではなく、あくまでも各業者の責任に任されている。
啓祐さんが亡くなった時、水位は3.76メートル。「4メートル」というみなかみの基準内ではあるが、かなりの難易度だ。
みなかみでは、業界で「ハイ・ウォーター」と呼ばれる、3.3メートル以上の水位で数十回の経験がなければ客を乗せないという基準を設けている業者もいる。年間でも有数の水位だった当日、みなかみのラフティング業者でこのコースをとったのは2業者だけ。一つは、乗っていた客が、ラフティング経験が豊富だった。もう一つが、事故を起こした業者だ。
■「経験乏しい」インストラクター なぜこのコースを?
ここで、新たな事実がわかった。啓祐さんのボートを操作していた男性インストラクターは、ラフティングのインストラクターを始めて5年。過去2シーズンで「ハイ・ウォーター」の川を2回しか経験していないということだった。
なぜ、水位の高い時期に、転覆の危険があるコースをとったのか。黄色いボート2艇には中学生を含めた家族連れが乗っていた。青いボートは啓祐さんたち、大学生6人。転覆も覚悟してあえて「危険」なコースをとったのではないか。本田さんたちはそう感じていた。「青いボートは転覆するよ」という「予測」とも合致する。
藤原さんは「私だったら、あの(真ん中の)コースはとらなかったな」と話した。
事故報告書に基づいて映像で啓祐さんと思われる人を探すと、転覆した後も水面に顔を出して流れている。なぜ救えなかったのか。この時、岸にいた業者スタッフから「右に泳いで」という声がかかっていた。
「啓祐は指示に従って必死に泳いだと思うんです」
父親は言う。水温は6℃。体を動かすのも難しい流れの中、必死でもがいたはずだ。しかし、右岸の岩の間には、倒木が隠れていた。そこに挟まり、動けなくなった。
発見されたとき、啓祐さんは救命具はもちろん、ウェットスーツすらもはぎとられるような形だったという。ラフティング協会の藤原さんによると、当時、200キロを超える圧力が背中にかかっていたとみられる。「なすすべはなかっただろう」
映像を見ていると、「なぜ、これで救助できなかったのか」と思ってしまう。残念ながら、当時ボートに乗っていたインストラクターたちを直接取材することはできなかった。藤原さんは、「後出しジャンケンになってしまうが、転覆を本当に想定した救助態勢がとられていたか、心の準備も万全だったか」と疑問を投げかける。
業者は事故から30分たってようやくほかの業者に救助要請した。警察に通報が入ったのは、事故発生から1時間もたった後だった。
■事故を起こした業者は「防ぐことのできない不幸な事故」
事故を起こした業者に取材を申し込むと、「文面なら受ける」ということだった。回答を抜粋する。
「亡くなられた啓祐さんとご遺族に深くお詫び申し上げます。大学に入学されたばかりの時期に大切な命を失わせてしまい悔いても悔やみきれません。元ガイドはこの中央のコースを過去に多く経験しており、転覆させたことはこれまでに一度もありませんでした。弊社としては、危険を伴う自然の中でのアクティビティとして、人間の力では防ぐことのできない不幸な事故であったと考えており、その考えを警察にも伝えています」
この業者は、3年前に参入していた。みなかみのアウトドア連合会は事故直後からこの業者を資格停止処分にしている。
事故後、インストラクターの高水位での操舵経験や、川の危険個所をデータ化して再発を防ぐための活動をしている連合会。ある連合会関係者は話した。
「我々が歯を食いしばって守ってきた安全が破られ、言葉にできない。ご遺族が納得していただけるまで、安全性の向上に取り組みたい」
2月1日、群馬県警は、ボートを操作していた「20代の男性1人」を業務上過失致死容疑で書類送検した。
書類送検という「節目」の後、本田さんご夫妻にお願いして一緒に現場に行ってもらった。啓祐さんは明確な目標をもって東大を受け、合格していた。「これからの人生だった。代われるものなら、代わってやりたいですよ」。母親の直子さんは絞り出すように話した。
今後、捜査は検察庁に移る。起訴され、裁判で事実が明らかになるのか。両親とともに、事件を追い続けたいと思っている。
(「サタデーステーション」ラフティング事故取材班 染田屋竜太)
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp
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