島根県松江市の道の駅「秋鹿なぎさ公園」に授乳室が設置されたのは、9月のことである。設置されるやいなや、SNSでは批判が噴出した。幅1メートル、奥行き2メートルの2平方メートルほどのこの授乳室は段ボール製で、もともとは、災害時の避難所などで使うことを想定して作られたものだった。
批判を受けて、この授乳室には鍵や天井をつけるなどの改良が加えられているようである。
この段ボール授乳室は、なぜ“炎上”したのだろうか。
段ボール授乳室の問題点は明らかである。まず当初、入り口には鍵どころか扉もなく、カーテンで仕切られただけのものだった。そして狭く、天井はなかった。(のちに、天井をつけて、階段下の奥まったスペースへと移動している)。
なかには授乳用の椅子が置かれているだけで、荷物を置く台もなく、オムツ替えのスペースもない。報道を見た様子からは、上の子が一緒の場合は、カーテンの外に飛び出してしまいそうで落ち着かないのではないか、などと想像してしまった。
また、授乳時には子どもが吐き戻したり、オムツ替えが必要になったりもする。掃除や消毒など、衛生的に保てるかどうかについても、疑問を持った。さらにネットのニュース番組では、段ボール会社の社長が、「授乳室を横から押せば、簡単にコロンと倒れてしまう」と、安全性に問題があることを指摘していた。
しかしおそらく、こうした段ボール授乳室の欠点は、この炎上の本質的問題ではない。
■段ボール授乳室への批判は「ワガママ」なのか
段ボール授乳室に批判が集まったことに対し、島根県の丸山達也知事は、9月28日の記者会見で「色々問題はあったと思いますが、100点じゃないから供用すべきじゃないっていうのは間違った考え方です」と述べた。翌日のSmartFLASHは、「道の駅『段ボール授乳室』への批判を島根・丸山知事が一蹴『正論』『ちょっと感動』SNSで広がる賛同」というタイトルの記事を公開。「(段ボール授乳室は)ないよりはあったほうがいい」という女性たちの声や、「なぜダメなのか?」「ひとりでも使いたい人がいるなら、使えばいい」「まずやってみて、ダメなら改良をしていけばいい」という意見もSNSにあがっていた。
この頃私もYahoo!ニュースに「善意の寄付だから感謝ではなく、寄付だからこそ問題である段ボール授乳室騒動」という記事を書いたのだが、やや炎上した。
いつも記事の執筆時には、「こういう批判がくるかもしれないな」などと想像しながら書くのだが、この時には想像とは違う批判が集まった。「何のエビデンスにも基づいていない」というものである。私は首をひねった。段ボール授乳室について、女性たちがどのような点を不安に思っているのかについて、網羅的に書いたつもりなのに、なぜこんなことを言われるのだろうと。
そして合点がいったのである。女性たちの声は、段ボール授乳室に対する合理的な批判だとはまったくとらえられていなかった。つまり「単なるワガママ」だと思われていたのだ。
■核心は「みじめさ」
私はこの授乳室の核心は、「みじめさ」にあると思った。そして「幅1メートルの段ボール箱に囲まれて授乳するなんて、本当にみじめだよね。子どもをもったからってなんでこんな惨めな思いをさせられるんだろうっていう思い、リアルに想像できて……。」とポストしたところ、「言い方が悪すぎる。機能面の欠点を挙げるだけで十分ではないか」といった批判を複数いただいた。
一方で、「その通りです。みじめに感じます」と賛同してくださる方もいた。「段ボールに囲まれて授乳することが“みじめ”だ」と言葉にすることが、どうもいろいろなひとの感情をかき立ててしまうようなのだ。
■段ボール授乳室「ないよりはいい」
そもそもこの段ボール授乳室は、日本道路建設業協会による寄付であった。「段ボール授乳室に対して文句を言うべきではない」と考える人は、「せっかく善意で寄付されたものに対して、ケチをつけるなんて、ワガママで失礼に当たる」と感じたのではないだろうか。「ないよりはいい」とSNSにポストした女性がいたのも理解できる。私も最初は、「善意の寄付であれば、文句は言いにくいかもしれない」と思っていた。
他人の好意を踏みにじる「感謝の気持ちを持たない、恩知らず」だと思われたくはない。特に女性はそうなのではないか。こうして“善意”を受けた側の母親たちの中には、潜在的な批判を恐れて不満を口にするのを躊躇するひとも多かっただろう。
そして「まず使ってみたらいいのに」と言う側は、よかれと思っての行動や発言が「女性の気持ちがわかっていない」と批判されたことに、何かしら傷ついたのではないか。
■「寄付」でまかなうべきものなのか
しかし私自身は、「寄付だからこそ」問題なのではないかと思うようになった。
国土交通省は、2025年までに全国の「道の駅」50%以上に授乳室などの子育て関連の設備を設置するという目標を掲げている。日本道路建設業協会からの段ボール授乳室の寄付は、こうした国交省の方針に沿ったものだ。
災害時であれば、確かに段ボール授乳室は一定の基準をクリアしているだろうし、避難所にあったら乳児を抱える母親たちには、とてもありがたいだろう。しかし、道の駅などの授乳室は、しっかりと使い勝手や適切な設置場所を考えて作られるべきものではないだろうか。段ボール授乳室でも「(ないよりはいいので)ありがたいです」と言わざるを得ない、子育て世代が置かれている状況こそ、改善の余地があるように思われるからだ。
だからこそ、数値目標を掲げるのであれば、国や自治体で予算をつけて、きちんと達成すべきだろうと考える。寄付された段ボール授乳室をとりあえず設置して数値目標を達成したことにするのだとしたら、それは本当に「地域の子育てを応援するための取り組み」といえるのだろうか。
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千田 有紀(せんだ・ゆき)
武蔵大学社会学部教授
1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。ヤフー個人
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(武蔵大学社会学部教授 千田 有紀)
]...以下引用元参照
引用元:https://news.nifty.com//article/magazine/12179-2656101/