2023年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ライフ部門の第4位は、こちら!(初公開日 2023年6月3日)。
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16歳の時に事故で両足を失い、車椅子で生活するモデル・インフルエンサーの葦原海(あしはら みゅう)さん(25)。TikTokやYouTubeを中心に、SNS総フォロワー数は70万人超を誇る。2022年秋にミラノコレクション、2023年3月にはパリコレクションのランウェイを歩き、“両足のないモデル”として世界的にも注目されている。
ここでは、そんな葦原さんが自身の“生きざま”を語り尽くした著書『 私はないものを数えない。 』(サンマーク出版)より一部を抜粋。彼女が歌舞伎町でナンパされて“気づいたこと”とは――。(全2回の2回目/ 1 回目 から続く)
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■旅館で「できないこと」だけを書いて炎上
私のSNSにはいわゆるアンチがほぼいないのに、1回だけ炎上したことがある。
旅館に出かけたときの初期の動画で、「これは使いにくい」とか、「ここの幅はギリギリ通れる」とか、宿泊するときの車椅子ユーザーの目線を知ってもらいたいという内容だった。
「文句ばっかり」
「できない、できないと言うなら、他の便利な旅館に泊まればいい」
「車椅子って不便で大変だね」
同情してくれる人もいたけどアンチコメントもたくさんあり、「確かにな」と思った。私は車椅子ユーザーしか気がつかない点を伝えたかっただけで、批判する つもりはなかった。だけど伝え方がまずくて、自分の思いと違う表現になってしまった──そう反省して、コメント1つひとつに返事を書いた。
■自分で考えた工夫も添えて投稿するように
「批判ではなく、改善してもらえたらうれしい点を挙げたかったんです。気分を害してしまったなら申し訳ないです」
それからは注意して、「できない」で終わらせず、必ず「ここが不便、でもこうしてもらえたらありがたい」と改善策を付け加えることにした。
〇ドアからベッドまでの動線
〇トイレやお風呂のドアの幅
〇クローゼットのハンガーの位置
〇ミニ冷蔵庫の上のコーヒーやお茶の位置
お風呂のシャワーもそうだけど、車椅子ユーザーには高くて届かないものは結構ある。いいホテルの素敵なバスローブも、普通にかかっていたら外せない。
「届かないから困る! 思いやりがない!」じゃなくて、「低い位置に移動していただけると助かります、たとえばこんなふうに……」と、自分で考えた工夫も添えて投稿した。
■自分なりのルールを決めて「もっとよくなるヒント」を提案
やがて宿泊施設の関係者から、コメントをもらうようになった。
「私はホテル勤務で、車椅子のゲストも対応させていただいています。でも、お部屋でどう過ごしているかはわからないから、とても勉強になりました」
私はそこまで考えていなかったけど「そうか!」と思った。ホテルや旅館で私も配慮してもらうけれど、入口、フロント、レストランだけで、荷物を運び入れたあと、部屋の中で一緒に過ごすことはない。
こっちが発信しないと、部屋を車椅子ユーザー向けにセッティングする側も、どうすればいいサービスになるか、知るきっかけがないと気づいた。
「車椅子ユーザーがちゃんと言わないとダメなんだ」と投稿を増やした。もちろん私は「車椅子ユーザー代表」じゃない。感覚がないけど足がある人もいるし、「バリアフリー」と一括りにまとめようとしても、何がいいかは人によって違う。
〇あくまで1つの意見として言おう
〇自分が正しいとか、自分中心で発信するのはやめよう
〇いつも「反対側の立場だったらどうだろう?」と考えよう
自分なりには、こんなルールにしている。
宿泊施設でもレストランでも駅でも、「障がいがあるから、なんとかしてください!」と一方的に要求されたら、困ってしまうだろう。
ルールや安全性、責任を意識しなければいけないサービスする側の人のことも考えながら、「もっとよくなるヒント」を提案していきたい。
■キャバ嬢スカウトと歌舞伎町のナンパ
あちこち出張し、日本はバリアフリー先進国というわけじゃないと感じた。
私は快適に過ごしているけど、車椅子だと行きにくい場所も残っている。
何より人の心の中のバリアは、まだあるんじゃないかな。
「障がいがある人を見つけたら、どうしたらいいかわからない」とか、健常者同士の差別や偏見とか、いろんな壁がある。
だから私は、それをぶち壊す仕事を当分は続けるつもりだ。
誤解しないでほしいのは、“立派な海ちゃん”が上から目線でお説教しているわけじゃないということ。
“クソ生意気な16歳の姫”の頃より大人になったけど、私はまだ25歳だ。
■「ホストやキャバは障がい者に興味ない」と決めつけていた
大人になったつもりだけど世間知らずなところもあり、たとえば自分のSNSのフォロワーにホストやキャバ嬢がいることに気づいたとき、正直、驚いた。夜職というだけで下に見る人もいるけど、そういう意味じゃない。
相当に考えて努力している人が大勢いるのを、友だちを通じて知っている。家庭の事情で進学できず、お金に苦労しながらがんばっている人もいるし、いろんな経験をしたぶん、心が豊かな人もいる。
それなのに驚いたというのはなぜか──理由は、「ホストとかキャバとかは、障がい者に興味ないやん。別世界やん」と決めつけていたから。
それでふと思い出したのが、社会人1年目の出来事だ。
あの頃、歌舞伎町付近に何度か用事があり、「ちょっと怖いよね」と思いながら人があふれる一番街を通過していた。そのとき、ナンパされたのだ──ホストではなさそうだけど、いかにもチャラい感じの男の人に。
中学生くらいから、地元で声をかけられることはよくあった。高1のデートで張り切って大人っぽい服装と濃いメイクで出かけた帰り道は、なんとキャバクラにスカウトまでされた。
■「顔が気に入った」とナンパしてくる人も
スカウトは論外だけど、ナンパも会釈してスルー、一度もついて行ったことがない。一途にしかなれない性格だから、彼氏がいたら無理だ。彼氏募集中のときも好きじゃないとダメで、軽く遊びたくても遊べない。
だいたい車椅子ユーザーになったとき、「人生経験として、ナンパ相手とお茶くらいしておけばよかった」とちらっと考えたのは、「これからの私の人生は、もう誰からも声をかけられない」と思ったからだ。
ナンパは外見だけで判断するから、車椅子という時点で除外されるはずで、「うるさく声をかけられず、ラクに生きられてええやん」という感じだった。
それでも、歌舞伎町のチャラ男は普通にナンパしてきた。
その日だけじゃなく、別の人にもナンパをされた。歌舞伎町以外でも「顔が気に入った」とナンパしてくる人もいた。
衝撃だった。
「車椅子ユーザーはナンパされない」
勝手にそう決めつけて、偏見があったのは私のほうだったのだ。
■差別よりつらいのは「知らない」で終わること
ナンパはやっぱりお断りだけど、声をかけていただくのは、とてもうれしい。
小学生や中学生に、「TikTok見ました~」「わー、ホントにみゅうちゃんだ!」なんて言ってもらうと、SNSをやっていてよかったと思う。
この間も「中1です」という2人組の女の子に声をかけられたけど、たぶんその子たちは、街なかで車椅子ユーザーに話しかけるのは初めてだったと思う。
福祉や障がいは、「知ろう」と自分で思わなければ知ることができない。
身内に障がい者がいるとか、医療関係者を目指すとかじゃなければ別世界だ。同じ世界に存在して、生きているのに。
くだらないことで笑って、好きなことをして喜んで。
くやしくて悲しんで、恋をして泣いて。
理不尽なことに怒って、それでもまた笑って。
障がいがあってもなくても、不完全なこの世界で、自分なりの役目を果たそうと、もがいている。
それなのに障がい者だけが、まるで透明人間だ。
■「こんにちは」は心のバリアフリーにつながる1歩
差別や特別扱いをする以前に、「知らない」で終わっている。
それが健常者と障がい者に壁ができる大きな原因だ。
だけど、知れば、世界は変わる。
車椅子に乗っているとか障がい者とか関係なしに、声をかけてくれる。
義務感で「お手伝いしましょうか?」じゃなく、「こんにちは」って。
私も車椅子ユーザーとしてではなく、葦原海として「こんにちは」と答える。
これって心のバリアフリーにつながる1歩じゃない?
そう思えたとき、世界の中で「私の役目」を果たす、そのスタートラインに立った気がした。
(葦原 海/Webオリジナル(外部転載))
]...以下引用元参照
引用元:https://news.nifty.com//article/item/neta/12113-2512113/