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■「嫁」をイビリたい人たち
「週末は嫁の実家に行っていた」
何気なく発したこのセリフが、あなたの人格的な評価を大きく下げることになるかもしれません。
「あっ、これウチの嫁です」
夫婦で買物をしていたら、知り合いにバッタリ。妻を紹介したこのセリフが、夫婦のあいだに修復不可能な亀裂を作るかもしれません。
ここ数年、男性が自分の配偶者を「嫁」と呼ぶことに対して、不寛容な人が増えています。そういう人は誰かが「嫁」を使っているのを見ると、「ケシカラン!」「目覚めよ!」と詰め寄らずにはいられません。
数年前、ある企業のツイッター公式アカウントが〈嫁から「とりあえずこれを読め」と〜〉と書いて、炎上しました。後日、「不適切な表現」だったとお詫びする羽目になります。ダジャレが言いたかっただけかもしれないのに……。
俳優の松山ケンイチさんがあるテレビ番組で、妻で女優の小雪さんを「嫁」と言ったところ、SNS上で激しいバッシングが沸き起こったこともありました。それ以後、松山さんは小雪さんについて語るときは、「妻」を使っています。
「嫁呼び」を批判する人は、当人がどういう意図で「嫁」を使ったかや、地域によってのニュアンスの違いなどは、まったくおかまいなしです。言われた当人の気持ちも関係ありません。聞きかじった理由をくっつけ、執拗(しつよう)に「嫁」という呼び方を非難します。
ある意味「嫁呼びイビリ」と言っていいでしょう。
■「言葉狩り」だけでは本末転倒
「嫁は“女が家に入る”と書き、男尊女卑の考えに基づいている」
40年ほど前に大学の講義で、女性学を研究テーマにしている男性の先生が、こう力説していました。
「『奥様』や『家内』や『ご主人』も使うべきではない!」
そうも言っていました。女性を奥や家の内に置いておこうというのはナンセンスだ、まして夫の使用人ではない、という話でした。
一瞬、なるほどと思いましたが、考えてみたら、使われている実際のニュアンスはかなり違います。理屈で「ダメな言葉」のレッテルを貼るのはどうなのかと、ちょっと反発を覚えました。ただ、多少は影響されたのか、個人的には「嫁」も「家内」も使ったことはありません。
「嫁」を批判する文脈で、最近になって盛んに言われ始めたのが「本来は息子の妻の意味」という主張。しかし「嫁(ヨメ)」は、とくに関西では、カジュアルに親しみを込めて自分や友人の妻を指す言葉として、一般的に使われています。
ここ10年ぐらいでしょうか、関西のお笑い芸人などの影響で、全国的にも妻を嫁と呼ぶ“文化”が広まりました。家制度云々への意識が薄れたからこそ、適度にくだけた響きにひかれて使う人が増えたように感じます。そんな背景が、昨今の「嫁呼びイビリ」の盛り上がりにつながっているのかもしれません。
「本来は」と言い出したら、「女房」は宮中の言葉だし、「旦那」だって檀家やスポンサー、雇い主のことです。現在の使い方は、立派な誤用になってしまうでしょう。
「嫁は息子の妻の意味だから、自分の妻に使うべきではない」という論理は、絵に描いたような結論ありきのこじつけ。「2回のノックはトイレだから、部屋に入るときには3回以上ノックすべし」という「なんじゃそりゃビジネスマナー」と五十歩百歩のくだらなさです。
「自分の妻を嫁と呼ぶ夫」と「嫁という呼び方にケチをつける他人」のどっちが失礼かと言えば、後者の圧勝です。もちろん、男女ともに幸せになるためのジェンダー平等は、ぜひ実現したいところ。しかし、残念で根深い差別意識は、呼び方をどうこうした程度で揺らぐほどヤワではありません。
些細な点を問題視しても、「大きなお世話だ」と反発されたり、言葉を狩ればいいと思っている浅はかな印象を与えたりして、むしろ本来の目的の足を引っ張ってしまうでしょう。しかも、「妻を嫁と呼ぶ男性&呼ばせている妻」の人間性を偏見に基づいて否定し、差別しようという失礼千万な意図がチラつきます。世の中から偏見や差別をなくすための問題視のはずなのに……。
配偶者のことを第三者に語る際にどう呼ぼうが、他人が立ち入る話ではないはずです。「嫁」「妻」「女房」「ワイフ」「山のカミ」「ハニー」、そして「主人」「夫」「旦那」「宅」「宿六」「ダーリン」……。それぞれのキャラクターや夫婦の関係性や言語感覚に合わせて、しっくりくるのを選べばいい話です。
もちろん、呼ばれる側が納得しているのが大前提。「嫁って呼ばれたくない」「主人は嫌だなあ」と言われたら、あっさり引っ込めて別の呼び方を考えましょう。「自分は○○と呼びたい!」と、我を通すほどのことでもありません。
■肝心なのは「どう見られたいか」
悩ましいのが、よその夫婦の配偶者を呼ぶ場面。「あなたの夫」「キミの妻」は堅苦しいし、ぞんざいに響きそうです。いちおう敬意も示せて無難なのは、やはり「ご主人」「奥さん」でしょうか。
しかし、相手は配偶者をそう呼んでほしくないかもしれません。やや遠い関係の相手なら、意に沿わなかったとしても相手はスルーしてくれるでしょう。気をつかったつもりで、目上の人に「お連れ合い」や、近頃台頭している「夫さん」「妻さん」を使うのは、いささか無謀です。
友達や同僚の場合、いちいち引っ掛かりを感じさせる失礼は避けたいところ。下の名前をさん付けで呼ぶのはひとつの方法ですが、それだと馴れ馴れしすぎる気がしたら、
「えっと、キミの奥さん……というかパートナーは」
そんな感じで呼び方を模索している様子を見せて、相手の反応を窺うといいかも。
「夫の人」「妻の人」という呼び方も、一部で重宝されています。相手が配偶者をどう呼んでいるかも、どの呼び方が適切かを探るヒントになるでしょう。
どんな言葉を使うかは、一種の自己主張という面もあります。「偏見に基づいたレッテル貼り」には気をつけたいところですが、言葉ごとにイメージが伴うのは避けられない宿命。妻を「ワイフ」と呼ぶ人が、一定の確率で「気取ったヤツだな」と思われるのは仕方ありません。
「嫁」にせよ「連れ合い」にせよ、使う側には「こう見られたい」というイメージがあります。そしてイメージは、時代によって変化します。誰もが自分の好みで自由に呼び方を選んで、ごちゃごちゃ言わずに他人の選択を尊重する。それが「多様性を認め合う社会」ってヤツです。
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石原 壮一郎(いしはら・そういちろう)
大人系&検定系コラムニスト
1963年三重県生まれ。1993年に『大人養成講座』でデビューして以来、大人の素晴らしさと奥深さを世に訴え続けている。『大人力検定』『父親力検定』『大人の言葉の選び方』など著書多数。最新刊は、会社の理不尽と戦うための知恵と勇気を授ける『9割の会社はバカ』(飛鳥新社、共著)。郷土の名物を応援する「伊勢うどん大使」「松阪市ブランド大使」を務める。
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(大人系&検定系コラムニスト 石原 壮一郎)
]...以下引用元参照
引用元:https://news.nifty.com//article/magazine/12179-2374488/