11月30日、プロ野球の2023年シーズンの最終日に、東北楽天ゴールデンイーグルスは所属する投手の安樂智大(あんらく・ともひろ)(27)を保留者名簿から外すと発表した。
プロ野球では、この日までに、翌年度に契約する選手(上限70名)の名簿をコミッショナーに提出する。その名簿から外れたということは、安樂が自由契約になったということであり、楽天イーグルスをクビになったことを意味する。
その理由として球団は「パワハラ行為が認定された」と発表した。
球団の調査結果によると、安楽投手は、公式戦のロッカールームで、倒立させたチームメートのズボンを脱がすなどして下半身を露出させた、「バカ」「アホ」などの暴言をチームメートに浴びせた、忘れ物やミスをしたチームメートから「罰金」と称して現金を徴収したという。
■ジャニーズ、宝塚、日大との違い
筆者は危機管理のプロではないが、今回の楽天の対応は、スピード、そして処分内容ともに目を見張るものだったと思っている。
今年、さまざまな分野で、パワハラ、セクハラ問題が話題となった。
旧ジャニーズ事務所では、創業者の故ジャニー喜多川の60年以上にわたる性被害が明るみに出て、会社の解体、運営体制の根本的な改革が進行中だ。
宝塚歌劇団では、宙組に所属する25歳の劇団員が死亡した問題をめぐり、歌劇団に対する批判が集まっている。
スポーツ界では、日本大学がアメリカンフットボール部員による違法薬物事件に対する対応に追われている。
事件の内容や重大性は異なるが、これらの件に共通するのは、不祥事そのものが企業からではなくメディアの報道により発覚していること。さらに不祥事が明るみに出ても、組織、当事者はその事実を隠蔽(いんぺい)しようとたり、責任の所在を明確にしなかったりして、強引に幕引きを図ろうとしたことだ。その結果、事態は最悪の方向に向かいつつある。
■ここ最近では異例の不祥事対応
日本大学には危機管理学部があるが、今回の事件では皮肉なことに大学の経営陣が反面教師になってしまった。薬物汚染疑惑が起こった時点で、まず大学が率先して事件を徹底的に糾明し、それをメディアに詳細に公表し、再発防止策を発表していれば、アメフト部が廃部の憂き目に遭うことはなかったのではないか。
筆者は企業で広報や広告の仕事をしていたが、不祥事が起こった際の鉄則は「バッドニュースにはできるだけ迅速に」というものだった。
要するに時間が大事なのだ。今の世の中は、言い訳や責任回避をだらだら繰り返しているうちに、SNSを中心に世論が大炎上する。そうなってしまえば、不祥事の処理だけではすまなくなり、組織の体質そのものが問われ、組織存続の危機につながりかねないのだ。
この点、楽天の対応は違った。
発端は11月から始まった契約更改だった。複数の選手が球団幹部に安樂のいじめ、パワハラを訴えたのだ。すぐに球団側は選手、関係者137人へのヒアリングに着手。
11月26日にはヒアリング結果を取りまとめ、30日には記者会見を行い、安樂の処分を発表するとともに、再発防止に向けた対策までを一気に発表した。
安樂への処分は、謹慎処分や育成枠への降格などではなく「自由契約=クビ」という厳しいものだった。
自らで問題を見つけ、すぐに詳細を調査し、処分と同時に再発防止策を出すのは、ここ最近の企業の不祥事対応では異例と言えるだろう。
■「ツッコミどころがほとんどなかった」
11月30日、記者会見した楽天野球団の森井誠之社長は
「これまで報道がなされていた事象について、安樂選手に関してほぼ事実ということが判明いたした」と明言した。
その上で、「球団内の事象にもかかわらずここまで問題が大きくなるまで事態を把握改善できなかった」として月額役員報酬の10%を2カ月間自主返納することを発表。
さらに契約更改の機会以外に、選手が悩みを訴える機会がなかったことから、相談窓口を設置するとともに、選手に対して研修、啓発を進めるとした。
安樂の処分で筆者が目を見張ったのは、森井社長が「ただ、契約意思ありとは思ってほしくない。現在の状況で契約できない」と言及したことだ。
過去のプロ野球選手が起こした不祥事では、処分は形式的なもので、ほとぼりが冷めれば復帰することが多かった。世間も安樂の自由契約は形だけだと見ていただろう。
球団側はそれを否定した。「安樂自身が心底から改悛(かいしゅん)の情を表し、生活態度や言動を改めない限り、再度の契約はしない」(森井社長)と釘を刺したのだ。
加えて「今後、彼が助けてほしいというときに前所属球団としてサポートする」とも語った。
安樂のやったことについて事実関係を厳格に明らかにし、果断な処分をするとともに、管理責任を明らかにし、再発防止策も発表した。その上で、安樂へのフォローもした。
この会見には、球団の顧問弁護士であるTMI総合法律事務所の稲垣勝之氏も同席したが、専門家の助言も得て過不足ない対応ができたのではないか。
SNSでは「ツッコミどころがほとんどなかった」という投稿を目にした。スピーディーな対応も称賛されるべきだろう。1カ月後に同じ会見をしても、世間の反応は同じではないだろう。
■パワハラ行為の裏にある昭和野球
パワハラ行為は許されるものではない。ただなぜ安樂がこんな低レベルな不祥事を起こしたのかを考えると、長年にわたって球数制限を追いかけてきた筆者にとっては、「昭和野球」という影が見て取れるのである。
安樂智大は、吉田輝星(金足農→日本ハム→オリックス)とともに、高校野球が2021年から導入した球数制限のきっかけとなった投手だ。
安樂は愛媛、済美高校のエースとして頭角を現し、2年生時に2013年春の甲子園に出場。初戦から決勝の途中までを一人で投げぬき、722球を記録した。これは試合数の少ない春の甲子園では異例の球数だった。
この球数に注目したのは日本メディア以上にアメリカのメディアだった。CBSやESPN、米・Yahoo!スポーツなどのメディアが「投手にとって正気の沙汰と思えない過酷な負担」を大々的に報じた。
なかでもYahoo!スポーツの記者ジェフ・パッサン(現在はESPNの記者)はこの「事件」に注目し、来日して済美の上甲(じょうこう)正典監督に話を聞いた。
「投手の酷使ではないか」と詰め寄るパッサンに対し、上甲監督は、厳しい練習に耐えて、それを乗り越えてこそ人格形成ができるとし、「私は何一つ後悔していません」と言った。
また安樂本人もメディアに対し「これが高校野球だと僕は思ってました。エースが完投してエースが優勝に導く。だれかにマウンドを譲りたくない。何、言ってるのかな? そんな感じでした」と挑発するような発言をした。
上甲監督はこの時既に病魔に侵されていて、2014年9月2日にこの世を去った。3年生になっていた安樂は葬儀で上甲監督の棺を担いだ。
■ドラフト1位で入団したが
高校時代のこの一件以降、安樂智大は上甲監督に代表される「昭和の日本野球」の体現者と見なされるようになる。
ジェフ・パッサンはこの時の取材などを基に、日米の少年投手の酷使を題材にした“The Arm: Inside the Billion-Dollar Mystery of the Most Valuable Commodity in Sports”を刊行。スポーツ界に大きな衝撃を与えた。日本でも『豪腕 使い捨てされる15億ドルの商品』(ハーパーコリンズ・ジャパン)という邦題で刊行され、その後に起きた球数制限の議論に影響を与えた。
2年時の春以降、安樂は甲子園に出場できなかった。球速も2年生の夏に記録した時速157が最速で、以後は時速150キロに届かなかった。2年秋には右ひじ尺骨の神経麻痺を起こし、投げられない時期が続いた。
キャプテンになった3年生時には済美高校でいじめ事件が発生。安樂は関与していなかったとされるが、結局、彼の高校野球でのキャリアは2年生の春がピークとなった。
それでも安樂智大は2014年のドラフトで、ヤクルトと楽天から1位指名を受けた。楽天の入団記者会見では「自分には夢の160キロを投げる可能性がある」と話した。
2年目から先発投手として投げ始めたが、右肩などの故障もあって成績不振が続き、2020年以降は救援投手に転向。ここ3年は毎年50試合以上に登板するなど、チームに貢献してきた。
■いじめの原因
しかし、球速は時速152キロが最高。高校時の数字には及んでいない。
同期で、自分と同じドラフトで1位入団した岡本和真(智辯学院高→巨人)が絶対的な中軸打者となり、髙橋光成(前橋育英高→西武)がエースとなっている。
高校野球でのいじめやパワハラは部活での結果と大いに関連があると私は考える。いじめやパワハラをするのは「後輩にポジションを奪われた先輩選手」や「ベンチ入りできなかった上級生」が多いのだ。
安樂はプロ野球選手だが、恩師から受け継いだ昭和野球を貫こうにも、現代野球の中で思ったような結果が出ない。その間に、高校野球は安樂のような投手を出さないために不十分ながらも球数制限を導入した。
高校野球は大きく変わりつつある。安樂は時代から取り残されたかのように思い、ストレスを感じていたのではないか。
■明日から安樂選手がすべきこと
安樂の行為を傍観していた選手もいるという。一転、今回の球団の調査以外の事実がさらに明るみに出て、事態が深刻化する可能性もないとは言えない。そのことには留意すべきだろう。
今回の件には昭和野球という、令和の時代にいまだ残る背景がある。同僚の田中将大がこの件を看過したとして反省の弁を述べたが、安樂は自らの起こしたことの大きさに気が付き、深く反省をしているという。そして選手やファンへ直接謝罪をしたいと話しているという。
思えば、安樂は高校以来、重たい荷物を背負ってきた。故上甲監督への思慕のあまり、おかしな方向にねじ曲がり、いじめ、パワハラにつながったという側面もあったかもしれない。
パワハラ行為を起こしたことから、他球団からオファーがあることは考えにくい。楽天もすぐに契約することはないだろう。厳しい立場だが、3年連続で50試合を投げた右腕だ。オファーを待つ間は、重荷を下ろし、十分反省し、安樂自身の未来のために活用してほしい。筆者は再起の道があると信じている。
----------
広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
----------
(スポーツライター 広尾 晃)
]...以下引用元参照
引用元:https://news.nifty.com//article/magazine/12179-2689323/